事務局だより

もっと身近な水天宮 ~白山神社編~

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みなさん、こんにちわ!
特派員の寺島です。

実は私、以前から大の犬好きを公言しておりますが、犬好きが高じすぎて・・・狛犬も大好きなんです(笑)

はい、あの神社の一角で御神体を守るべく、にらみを利かせていたり、おもわずクスっと笑ってしまいたく
なるような表情を浮かべて鎮座している、あの狛犬です。

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この狛犬を求めて、たまたま5月のゴールデンウィーク中に、柳川市内の神社を巡っていたわけですが、
偶然にも柳川市三橋町吉開にある白山神社で、水天宮のお祭りが開催されていました。

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お祭りとはいっても、柳川で一番有名な沖端の水天宮のように、出店が出て多くの観光客で賑わっているわけではありません。
ご近所の氏子さんたちが集まり、お神酒を出されたり、お札の授与をされたりと、
どこか懐かしい感じがする昔ながらの地域の伝統行事といった和やかな雰囲気でした。

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ここで、ちょっと白山神社についての説明を。

こちらの神社の祭神は菊理姫神(くくりひめのかみ)です。
なかなか聞き覚えのない神様ですが、日本には『古事記』『日本書紀』といった
奈良時代初期に完成した古い歴史書に見られる神々を祭神とする神社が多数存在します。
この菊理姫神も、『日本書紀』に登場する女神のひとりです。

『日本書紀』によると、天地が分かれたばかりのころ、天の世界では高天原(たかまのはら)に、次々と神が出現し、
最後に現れたのが伊弉諾尊(いざなぎのみこと)伊弉冉尊(いざなみのみこと)でした。
この男女の神には国土を誕生させる『国生み』と、地上の営みを司る神々を誕生させる『神生み』が命じられ
ました。
伊弉冉尊が火の神を出産した時のやけどで亡くなってしまうと、悲しんだ伊弉諾尊は、死の国である『黄泉の国』
へ妻を迎えにいきます。
ところが醜く変わった妻の姿を見て伊弉諾尊は逃げ出してしまい、怒った伊弉冉尊は夫の後を追います。
黄泉の国との境界で対峙する二人の前に登場するのが菊理姫神で、伊弉諾尊伊弉冉尊二神の仲裁をし、その後、

天照大御神(アマテラスオオミカミ)月読尊(ツクヨミノミコト)須佐之男尊(すさのおのみこと)が生まれます。
菊理姫神『くくり』『括る』にもつながり、現在は『和合の神』『縁結びの神』としても崇敬を受けています。

みなさんも、菊理姫神の名前は知らなくても、イザナギノミコトとイザナミノミコトの話は、小さい頃に一度は耳にした話ではないでしょうか?
普段は『日本書紀』だなんて聞いただけで、ちょっと難しそう・・・と敬遠しがちですが、あらためて読んでみると、意外にもどこかで聞いたような名前ばかりで、
そんな神様たちに連なる神様がこんな身近に祭られていると思うと、少しばかり親近感がわきませんか?

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この日は、たまたま紛れ込んだ私たちに、氏子の方々が大変親切に神社のことを教えてくださいました。

ちなみに、ここの鳥居は『白山宮華表(はくさんぐうかひょう)』といって、承応2年(1653年)に米多比家が知行地である吉開村の白山宮へ
神々の加護を願って寄進されたものです。
米多比家は、武蔵国(埼玉県)熊谷の熊谷次郎直実の後裔で、筑前国(福岡県)糟屋郡那珂米多比を領して以来、米多比と名乗るようになりました。
鎮久の時には戸次道雪や立花宗茂に仕え、大組頭までになり鎮俊の時には、大組兼家老職をつとめました。

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よく見ると、ここの鳥居、柱石と柱石との間に貫石が挟まり、上に笠石が乗ることで個々の石がせめぎ合い、古い形でシンプルですが、
バランスの取れたとても美しい明神鳥居の様式です。

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あと、氏子さんたちのお勧めだったのが、こちらの吉開橋!

なんと柳川市に残る鉄筋コンクリートの橋では最も古い橋で、大正14年6月架橋だそうです!
わざわざ橋の前に立ててあったお祭り用の旗を取り外して写真を撮らせていただきました(笑)

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一番最後に紹介させていただきたいのは、私にとって今回の神社巡りの最大の目的でもあった、従身門の中でチョコンと鎮座していた狛犬たちです。

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一般的に狛犬とは、参道などの境内の野外に置かれた堅牢な石などで造られた『参道狛犬』と、社殿内に置かれた木製の『社殿狛犬』の2種類があるようで、
こちらの白山神社では『参道狛犬』は見当たりませんでした。
代わりに、こちらも『社殿狛犬』と呼んでいいのかな・・・?
従身門の中に、石で造られたものですが、狛犬が4体奉納されていました。

ちなみに狛犬とは、神社に奉納、設置された空想上の守護獣像で、飛鳥時代に日本に伝わった当初は『獅子』で左右の姿に差異はありませんでしたが、
平安時代になってそれぞれ異なる外見をもつ『獅子』と『狛犬』の像が対で置かれるようになり、向かって右側が口を開いた阿像で『獅子』、
左側が口を閉じた吽像で『狛犬』です。
しかし現在では、両者を合わせて狛犬と呼ぶのが一般化しています。
ちなみに、阿吽の形になっているのは日本特有の形式で、中国の獅子像などは、多くは阿吽になっていないそうです。

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こちらの狛犬、とても珍しい形をしていると思いませんか?
一応、柳川市の古文書館を訪ね、学芸員さんに確認したんですが、『肥前狛犬』という大変珍しい珍種の狛犬だそうです。
その名の通り、佐賀県内に多く分布する狛犬で、江戸時代の最初期に盛んに造られ、古さでも群を抜いています。

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せっかくなので、記念に江戸時代に生まれた狛犬さんと、平成生まれの我が家のカイちゃんに並んでもらいました(笑)
同じ『犬』仲間同士、どこかコミカルな表情が似ていると思いませんか?

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いかがでしょうか?
江戸と平成のイケメン対決は!(笑)
実はパグって、紀元前400年の中国にて既に存在し、魔除け、厄除け犬として中国皇室で重宝されていたとも
言われている犬なんです。
しかも、狛犬のモデルになった犬・・・との説もあるそうで、日本の神社にある狛犬は、その元祖犬の流れをく
んでいるとか。
あくまで説なんですが、パグ好きの私としては、是非ともその説を採用してほしいところであります。(笑)

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そんなことを考えながら、境内を散歩していると、よりいっそう神社巡りが楽しくなってきます。
たくさんの出店で賑わう水天宮のお祭りもいいですが、たまにはこんな水天宮の楽しみ方もいかがでしょうか?

今回は、白山神社の氏子さんたちに色々とご協力して頂き、本当に思いもかけず、素敵なひと時を過ごすことが
出来ました。

みなさんも、来年の水天宮のお祭りには、地元の小さな神社へちょっと足を運んでみられませんか?
きっと、意外な出会いが待ち受けているかもしれませんよ?

 

 

 

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