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6月-2012

柳川のがまだしもんのチャレンジ

今回から、柳川で、農業や漁業など現場の第1線で

働いている「がまだしもん(頑張っている人の柳川弁)」

11人の若者をご紹介します。

これは、本年、2月18日に開催しました意見発表会

「柳川の若っかもんの主張」の意見内容です。

若者の抱いてる夢、切実な願い、業界のこと・・・

わかってください!

協力できること、応援したいこと・・・

いろいろあると思います・・・

 

1番手は、株式会社バウビオジャパン代表取締役、山川さんです。

演題は、「左官職人の育成を通して見えてくるもの」です。

私は生まれも育ちも柳川市三橋町蒲船津でございます。昭和50年生まれの36歳。今は4人の子を持つ父であります。高畑保育園、藤吉小学校、三橋中学校、山門高校を経て、長崎大学の工学部の電気情報工学科というところに入ったんですけども、全く興味が無く、早々に卒業させていただきました。

長崎では、土木工事のアルバイトを経て地場工務店で、住宅営業の方をやっておりました。そして、26歳の時に柳川に帰って来まして、これまた工務店さんで設計とか、現場とかをさせて頂きまして、平成19年の1月に独立しました。平成21年7月に株式会社バウビオジャパンを設立しまして、現在に至ります。

現在は柳川市三橋高畑で事務所の方を構えております。

今日、せっかく発表させて頂くので、ひとつ覚えて帰っていただきたい言葉がございます。社名の方にも取り入れております「バウビオロギー」という言葉がございます。「バウ」というのは、建物、「ビオロギー」というのは生物学。併せてバウビオロギー。建築生物学という造語であります。

これは、「住宅や建築物というのが人間や地球環境に負担や負荷を掛けるものであってはならない」という考え方でありまして、約50年程前にスイス、バウビオロギー協会を発祥としまして、今全世界の建築家の方で一つのキーワードとなっております。

その世界基準であります、バウビオロギーという考え方を是非日本の住宅業界、建築業界方にも吹き込んでいきたいということで、「バウビオジャパン」というふうな形で名前を名づけさせていただきました。簡単に今から、ご説明さしあげます。

居食住という言葉がございます。皆さん、着るものとかには、こだわり持たれていますよね。そして、最近では食べ物、飲み物そういったものに関しても非常に情報も多く、商品も多くございます。そこで、最後に住(じゅう)とくるんですけど、住空間。皆さんが住まれている空間はどうでしょうかというところです。

人間は、人生の三分の一を実は寝て過ごすと言われています。そして、例えば家で、食事をしたり、お風呂に入ったりと、そういった時間まで換算すると、人生の半分近くを自宅ないし家で過ごす訳なんですよね。また、成人男性で一日に摂取する食べ物の量、これは一日に3㎏ほどと言われています。

それで、呼吸で取り入れる、体内に取り入れる空気を重量に換算すると実に25㎏もあるんですね。それで、人生の大半を過ごす住空間というものは、人間の肉体的にも精神的にも、もの凄く影響を及ぼす環境なんです。そして、空気清浄機や24時間換気、除湿機、加湿器など、平成に入ってからでしょうね、いろんな商品が出てきています。

日本は、バブルと言われる高度経済成長期を迎えて、沢山の家を早く、安く、正確に建てるために様々な新建材を生んできました。世界の中でも非常に稀なケースだと言われています。しかし、その結果シックハウス症候群といって、さまざまなアレルギー症状を引き起こす科学物質の発散などがありまして、平成に入って24時間換気など、今では機械を付けないと住めない家になっているというのが日本の建築業界の現状です。

それでは、その住環境を取り戻す為には、どうしたらよいでしょうか。その住環境を壊した物が、人間が新しく作った新建材であるのであれば、その住環境を取り戻すのもこれまた建材なんですよね。元々あった木や漆喰や紙や土など、そういったシンプルな材料で家を建てると、そのほとんどの問題が解決されると言われています。

弊社で取り扱っている商品なんですけども、約3000年前程から変わらぬ製法で作られているスイス、アルプス山脈で取れた石灰岩を原石としたスイスのハガ社というところの、漆喰や、ピラミッドを造っている時から使われていたアマニという油があるんですけど、それを主原料としたドイツのリボス社という会社の自然健康塗料というものを取り扱っております。

そして、それに付随して、外壁や内装の新しい、まだ九州に入ってきてなかったような外国の工法を九州に持ってきまして、バウビオロギーの考え方に基づく住宅作りと併せて、九州の工務店さんの方にご提案させて頂いているというのが、今の私の仕事です。

しかしですね、何処に行ってもなんですけども、自然健康塗料を塗るのにも、塗装屋さんがいります。これはどこの工務店さんにもいらっしゃるんですよ。ところが、漆喰を塗るということになると、「いやあちょっと、うちの左官じゃねえ」と言って断られることが結構あります。

実は、福岡を始め九州各地で起こっている現象なんですけども、左官さんの高齢化、これがこんなに進んでいようとは思いもよりませんでした。仕事はあるけど左官がいない。当初、数社の方に若手の育成をお願いしていたんですけども、逆に単価の値交渉の方ばかり入ってきたので、なかなか改善が見られない。

「もう、そげん協力してくれんとやったら、俺が左官の会社を作るたい」「なん、あんたしたことないとに、そげんさるるもんね」っていうところから始まって、もう意地で、その左官のリーダーとなり得る人間を10ヶ月くらい掛けて、いろんな方に紹介していただいて、ふられて、ようやく探し出しました。そして、その時彼に言ったんですね。「どうせ、左官の仕事をするならよ、福岡や九州を代表する左官になってくれ」と。

ひとつの大きな壁を漆喰で塗る事など、私の中では、簡単に左官さんで出来るものだと思っていたんですけども、今の左官工事と言えば、勝手口の階段とか玄関のタイル貼りくらいしかないんですよね。あとコンクリートを抑えたりとか。

その結果、一人とか二人組みとかの左官さんが殆んどなんです。外壁を塗るには、足場に一段ずつ、3mくらいの高さで足場があるんですけど、そこに一人ずつ上がって行くんですね。そして、型や材料練って、それを荷揚げする、というふうな形で4人から5人のチームの左官がいります。

そして、その壁一面を同じパターンとかで、仕上げていくんですけども、それをするには、十分な技術と、それに関わるチームワークというのが、必ず必要になってきます。

「若手を育成してくれ、育成してくれ」と言っても、仕事がない。と結構、最近耳にするんですけれども、実は私、柳川で殆んど仕事をしていません。年間の売上でいうと、1%前後しか実は仕事ないんですよね。

どこでしているかということなんですけども、熊本市、福岡市、佐賀市を中心とした福岡県、佐賀県、熊本県の三県をまたいで実は仕事をしております。「柳川近隣で仕事がない」と言って嘆いていても、なかなか愚痴しか出てこないので、前向きに考えて仕事のある所に柳川の人間が行けばいいと。

そうすることで、柳川のPRになると共に柳川の方で雇用ができるじゃないか、というところです。そこで弊社がそこまで足を運ばないといけないということは、逆に福岡県、佐賀県、熊本県を含め、九州全域をみても左官が絶対数、今の現状で足りとりません。

弊社は、その九州全体の住宅業界の問題点を一つの大きなニーズとして捉え、バウビロギーの考え方に基づく商品と共に、左官という技術を九州全体の住宅業界に売り込もうと、柳川で左官を育てて技術を磨きその技術をしっかりPRし、柳川の左官技術をブランディングしていく。

ここで初めて、商工会や青年会議所などで学んできた、人づくり町づくりと仕事が一致したわけです。柳川を左官の町にする。観光もある。食い物もある。伝統的な工芸品等も多数あります。そこに、柳川左官というブランドをひとつ立ち上げようということで、弊社に黒田という大和町明野の在住の左官のリーダーがいます。この男を数年後、九州一の左官にすると、そして彼の下に多くの弟子を招き、修業して、その修業の成果として、その弟子達と共に社会貢献の一つとして白壁の修復工事、こういったものなどを共に行い、この柳川の景観を保っていこうということを考えています。

是非、このゆったりとした空気の流れる柳川だからできる、柳川人のブランディング。価格競争や資本での戦いは、どうしても都心部まで足を運ばないと勝負にならない部分もあります。

しかし、このゆつらーっとした柳川をですねクリエーターやミュージシャン、技術屋などの人づくりには、最高の環境だと私は思うんですよ。必然的、そういった人がいれば必ず、そこに人は集まってきます。

是非、柳川の若っかもんの主張のこのような機会をこれからも続けていただき、柳川の将来性のある若っかもんを多く、発掘していただき、その若っかもんを新たな町のスポットとしていけば、更にクリエーターや職人的な人が集まり、若っかもんを育てる町柳川が見えてくると、私は考えています。

いつの日か、このゆったりとした柳川の川辺で景観の一つとなるような小さな建物の中で、作曲したり、小説を書いたり、それぞれの技術を磨いたりと、多くのアーティストが住み着く町になってくれたらと考えます。

柳川で仕事したいという環境。そして、柳川でそういった仕事をするのがカッコイイというふうなですね、町の受け入れ態勢やそういったところができれば、新たな柳川の活路が見えてくると私は考えています。私も、その中の若っかもんの是非一人でありたいと思います。

私、非常に柳川が大好きです。今、右往左往しとります、そこのこっぽりーも、3年くらい掛けて誕生しております。地味に柳川市内でいろんな活動をしておりますんで、もし必要がある時は、是非私の方までお声掛けしていただければ、ありがたいと思います。以上でございます。どうもありがとうございました 

 

 

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