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3月-2015

平成の大合併後10周年

ども、特派員の綿貫です。
少しずつ暖かくなり、先日の土日は
たくさんの観光客やマラソンの方でにぎわいましたね!!

金曜日20日には、西鉄柳川駅で
「柳川市自由通路・駅前広場・西鉄柳川駅新駅舎供用開始記念式典」があり
土曜日21日に新しい改札口の供用が開始されました。
IMG_1544(改札口)

また、土曜日21日には、合併から10周年を記念する式典が市民会館で行われました。
日曜日には、柳川おもてなし健康マラソン大会も開催されました。
IMG_9581
IMG_0928

柳川市は、旧柳川市、旧三橋町、旧大和町と合併して10年になりました。
合併当時、私は大学生で関西に住んでおり柳川市民ではありませんでした。

柳川市として市制施行されたのは、63年前になります。
当初、昭代地区と蒲池地区は、まだ三潴郡であり、昭和期にも、
柳川市は合併をしています。

さて、平成の大合併で誕生した新柳川市ですが
合併した当時の人口は、約7万6千人でしたが、10年間で
7千人人口が減少しています。
消滅可能性都市とも言われてしまいました。

※消滅可能性都市
 民間の研究機関(日本創成会議 人口減少問題検討分科会)が独自の試算で、
2010年から2040年までの間に20歳~39歳の女性人口が5割以下に
減少すると推計される自治体(全国892)を消滅可能性都市と公表しました。

現在、柳川市では定住促進の会議や町並み会議等が行われています。
これからの10年で柳川は、どう変わるのでしょうか?
それとも何も変わらないのでしょうか?
柳川市は消滅してしまうのでしょうか?

一つだけ言えるとすれば、「私たちが変えようとしなければ何も変わらないし
何かを変えたければ、私たち市民自身が変えていかなければならない」ということ
だと思います。

 

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